親愛なる探偵たち②

第2位 エルキュール・ポワロ

アガサ・クリスティが産み出した探偵は、皆あまりに魅力的すぎる。

実はその探偵たちで一番好きなのは、ポワロではない。
それでも、ポワロをここで挙げたのは、僕の中で最も推理能力の上で突出しているのが彼だと思うからである。
と言っても、それは、クリスティの探偵の中で一番作品が多く、その分評価する機会が多いという要素はかなり大きい。
それでも、ランキング2位として評価できるのは、やはりクリスティの推理方法を最短でエレガントに、しかも信用できるほどの安定さをもって体現できるからだと思う。
つまり、能力がやはり天才的であると言わざるを得ない。

誤解を恐れず端的に言わせてもらうと、彼の捜査における推理方法、思考の進め方は、ホームズが事実や物証を観察し、そこからあり得べき真実を科学的に推し量っていくのとは異なり、
ポワロの場合は対象人物の心理とふるまいへの深い洞察によるものであると思う。
人物の会話や人となりから心理を洞察し、また、通常(一般論としての通常ではなく、ポワロが絶え間ない洞察を積み重ねて行った結果得られた経験値)そうは振る舞わないだろうという違和感を端緒に事件を解明していく。
このような人への関心と、その心理と行動への深い眼差しは、アガサ・クリスティが産み出した他の探偵たちにも通しじる。
ミス・マープルは、まさに自分の住むセント・メアリー・ミード村の人々のことを常に興味を持ってその情報(うわさ)を収集しているし、困難に陥った恋人達のための探偵ハーレ・クインや人間観察を生き甲斐とする相方のサタースウェイト氏、そしてパーカー・パインなんかはまさに人生相談所を営んでいる。
このような人間という存在、また人生という物語に対して愛しみと、同時に客観視する姿勢が、アガサ・クリスティの物語に通底している。

しかし、その中でもポワロは少し異質である。
彼は、卓越した洞察力を持ち、その能力に絶対の自信を持つ。
その『灰色の小さい脳細胞』は自信を持つに値するものであるが、同時にキャラクターはコミカルである。
自分がイギリス人ではないことを誇っており、決して美形ではないおじさんで、 頭は卵形だし、口ひげへのこだわりは半端ないし、潔癖(というより、整えられていることへのこだわりが凄い。)だし
自分への注目と称賛をすっごい好む。
これらの特徴はポワロのチャーミングな面であるが、どこか他の探偵たちと比べるとクリスティの彼への記述は少し客観的であるような、突き放したような印象もある。
クリスティは当初からポワロ物語に嫌気をさしていたようだが、
このキャラやキャラというフィルターを通して描かれる物語がクリスティの性質や好みと少し解離しているところもあったのではないかと思う。

そして、最強であるはずのポワロは、ある物語で全く彼らしくない方法で、探偵として最悪の汚点を残すことになる。
明らかにクリスティが彼をみかぎった物語であるが、全く僕の解釈で言わせてもらうと、同時にこの物語でクリスティは彼女最高のトリックを彼に捧げているとも思っている。
これについては独立しに言及しなければいけないと思っているので、別の機会で書く。

なんにせよ、ポワロは探偵の能力として場合によってはホームズを上回っているほどだとも思う。ただ、もって回った言い方になるのは、ホームズが本気を出したとき、ポワロは敵わないとも思うし、そこにはどうしようもなく主観が入ってしまう。ここは僕にとってもセンシティブな問題である。
ただ、それほどポワロはずば抜けた探偵であり、親愛なる探偵である。

最後に、余談。
クリスティの産み出した探偵達の中で僕が一番好きなのは、ハーレ・クインだ。
クインが探偵としてこのランキングにないのは、彼は厳密には探偵ではないからだ。
彼が謎を解明するのではなく、てか彼は最初からすべての真実を把握しており、その謎を周囲の人々に解き明かす役割は相方のサタースウェイト氏であり、クインはサタースウェイト氏に真実への道案内をするだけである。
クインはクリスティの物語の中でポワロとは全く別の意味で、やはり最も異質な存在である。
ポワロが異質なのは、クリスティらしからぬキャラであり、そこにクリスティとの間の距離が見えてしまうという意味であるが、クインの場合は、そもそも人間なのか?というキャラなのである。
確かに、物語内の場には間違いなく存在しているが、実在感やリアルさが全くない、超然たる道化として描かれる。
厳密には道化ではなく、イタリアの即興喜劇の一キャラであり、イタリアとフランスではそれぞれアルレッキーノアルルカンと呼ばれる。

このハーレ・クインは生きているのか死んでいるのかわからないという神秘すぎる設定を持ちながら、追い詰められた恋人達の元にふっと現れ、サタースウェイト氏を優しく導いて、恋人達を助ける。
そしてまた静かに姿を消す。

しばしばアガサ・クリスティとミスマープル(このキャラも当然魅力的すぎる)を重ねる評価を少なからず目にする。
僕も特に異論はないが、物語世界を俯瞰する一つ高い次元に住み、謎を解明しようとするサタースウェイト氏にヒントを与えて真実への道を示し、悩む恋人に手を差しのべるハーレ・クインの方が、よりクリスティと重なるんじゃないかと僕は思っている。